2000年代の個人サイト風のホームページをつくってみた

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵におなじ。

『平家物語』第一巻「祇園精舎」より

と、古の人も良く言ったもので、20年ほどネットの世界に関わってつくづく実感するわけです。 ネットの世界も爆速に諸行無常で20年程で個人サイト、掲示板、Mixi、winny、ブログ、iモード、Twitter、Facebook、ニコニコ動画、YouTube、LINE、インスタといろいろ移ろってきた訳ですが、 最近のネットに感じるのは、「泣く子は餅を一つ多くもらえる」、「誰の一番声が大きいか?選手権」、 映画『セブン』のジョン・ドゥ曰く、「人に話を聞いて欲しかったら、肩をたたいちゃいけない。ハンマーをたたきつけないと」というのが、 まさに繰り広げられているなぁと。

何も発信しないことは、不利にしかならいご時世、されど、何でも発言できるかと言うと、そうは問屋が卸さない。

下手に女性差別などリアルで口にしようものなら、仕事を失い食い扶持がなくなる危険性もあるわけでして、 リアルでいろいろ自由に発言出来るのは、稼ぎ終わった人か無敵の人くらいじゃないかなぁ。ポイズン。

というわけで、リアルを隠して安全圏から発信できる場が欲しいなと思い、このホームページの企画にいたりました。

なぜ、2000年代の個人サイト風のデザインなのか?

職業病といいますか、サイト立ち上げ際して、テーマを決めて、決めたテーマに特化したコンテンツを提供しないとって考えてしまうのです。検索エンジン対策的には有利だったり、 ユーザーに有用なコンテンツの提供に繋がるからです。僕の本業はWEB屋なんで、まぁそんなことを客先で話してきたわけですが、でも大切なことなんですよ。限られた予算内で成果を出すためには。

でもですよ?個人が提供できるコンテンツで、ユーザーに有用なコンテンツなんて8割方ないわけで、 仕事して少ない余暇時間をサイト更新のネタ作りに費やすなんて時間の無駄っぽく感じてしまうのです。実際。

ゲーム実況とか、アニメのレビューとか、映画のレビューとか、ラーメンブログとか、専門的なサイトする方向へ思考してしまい、なかなか実行に移せないんですよ。 まして最近はnoteやTwitter、Yotubeなどのコンテンツプラットフォームがあるから、わざわざタグ打ちしながら、ホームページである必要ある?って方向に考えが及んでしまい、さらに実行に移せなくなってしまうんです。

「だから、SEOなんて、細けぇこたぁいいんだよ!!学生時代に運営していた『ホームページ』はもっと自由だったはずだ!!」 意味のない同盟やBBS、アクセスカウンター、黒歴史である小説、下手くそなイラスト、まったく統一感のないコンテンツのごった煮。

でも楽しかったよな?あの頃。初心に戻る意味でこの際いいんじゃないか?

いろいろ考えてやれないより、実行に移そうぜ!まぁ、こんな思考遍歴を経て、たどり着いたんです。ホームページに。

話が大きく逸れましたが、2000年代の個人サイト風にデザインする最大の理由は、 「やっている人少ないし、一周回って差別化するのいいんじゃね?」的な打算で決めました。

当面は、お行儀の悪い、不健全なホームページ運営を心掛けていこうと思います。

個人サイト風に作るにあたって感じたこと

CSSが使えるようになったのは、Webでは飛躍的な進歩だったなぁと。ミノフスキー粒子が開発されたように。 個人サイト全盛の2000年代はテーブルレイアウト・フレームレイアウトでしたから、CSSの導入でソースは読みやすくなったし、 これまで画像で処理されていたものが、CSSで処理できるようになりサイトの更新でちょっといじったりするのが楽になった。

ただ、2000年代の左メニューの2カラムの全画面対応って、CSSで組もうとするとちょっと面倒。height100%が上手く効かなかったりする。

なにより、pタグの扱い。2000年代にはスマホなんてなかったら、レスポンシブ対応なんて考えなくてよかった。PC全画面表示とスマホ対応だと、 pタグ内の改行表示が違いすぎて対応が面倒臭すぎるのなんの。

なんでWikipediaがあんな読みにくい表示になっているのか分かった。